浅学菲才の嘆息

書評

岡野八代さんの「ケアの倫理-フェミニズムの政治思想」を読んで

フェミニズムを深く研究し、広め、そして社会運動に参加する著者だからこそ、男性の理論で構築された社会のなかで、女性たちが自らの声で語り、自らの経験から編み出したフェミニズムの政治思想、ケアの倫理を重層的に論説する。ケアの倫理とは、女性たちの…

伊藤宣広さんの「ケインズ-危機の時代の実践家」を読んで

ケインズは経済学者として、「雇用・理事及び貨幣の一般論」を発表し、マクロ経済学の理論を展開した。本書では、ケインズの研究や業績の背景を1910年代の第1次世界大戦後の戦後処理、金本位制復権問題、1930年代の世界恐慌など、時論を展開する必要に迫られ…

平野卿子さんの「女ことばってなんなのかしら?『性別の美学』の日本語」を読んで

ドイツ語翻訳者の著者が、翻訳するときに悩む日本語の性差について、西洋語と比較して、それまで気づかなかった日本語の特性について興味深く綴ります。日本語の曖昧な表現は、時として女性語が用いられ、またコンフリクトを避ける表現としても活用される言…

NHKスペシャル取材班の「ビルマ 絶望の戦場」を読んで

「白骨街道」と言われおよそ3万の死者を出したインパール作戦。しかしその後の「撤退戦」で実に10万人を超える命が奪われたことはあまり知られていない。 前作の2017年に「戦慄の記録インパール」を取材し、NHKで放送、書籍化された続編と言える「ビルマ…

力武晴紀さんの「ザボンよ、たわわに実れ 民主医療に尽くした金高満すゑの半生」を読んで

戦前の民主医療・無産者診療所医療に尽力した金高満すゑ。1908年長崎県佐世保で生まれ育つも、小学校2年生で母を亡くし、2年後には父も逝去する。満すゑは佐治家の養女となり、新聞・書物などあらゆるものを読み尽くす読書家で、学力を発揮して佐世保高等女…

平井和子さんの「占領期の女性たちー日本と満州の性暴力・性売買『親密な交際』」を読んで

著者の平井和子氏は、一橋大学名誉教授の吉田裕氏のゼミ生を経験し、上野千鶴子氏や蘭信三氏と共に著書「戦争と性暴力の比較史へ向けて(岩波書店)」で協同研究を行った一人である。それ故に、近現代史を多面的に研究しつつ、戦時性暴力やジェンダー社会科…

藤田早苗さんの「武器としての国際人権-日本の貧困・報道・差別」を読んで

2023年11月の会議で、12月に本書に関する講演を聴講できることを知り、慌てて取り寄せて購読した。聴講はオンラインかと思ったが、対面にて聴講させて頂いた。著者も講演の冒頭で触れていたが、「武器」としての国際人権の「武器」に違和感持つことについて…

山田朗さんの「昭和天皇の戦争認識:『拝謁記』を中心に」を読んで

昭和天皇の戦争責任論は、今も二分される。少なくとも、1941年12月8日の「開戦の詔書」で昭和天皇が戦争開始を聖断し、1945年8月14日「終戦の詔書」で終戦(敗戦)を聖断している点からすれば、天皇の最終判断で対英米戦争の始めと終わりを決断しており、戦…

市川沙央さんの「ハンチバック」を読んで

某新聞の著者取材記事を読んで興味が湧き、珍しく書店での購読となった。第128回文学界新人賞を受賞したデビュー作で、第168回芥川賞を受賞している。サクッと読んだつもりが、読みにくい漢字や流れを読み飛ばしてしまい、消化不良となり、インターネットで…

染谷一さんの「ギャンブル依存-日本人はなぜ、その沼にはまり込むのか」を読んで

アメリカの精神医学会(APA)の精神疾患診断分類、「DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル」には、2013年から「ギャンブル障害」が掲載され、正解保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(ICD-10)では、すでに「病的賭博」として分類されてきた。…

深沢潮さんの「李の花は散っても」を読んで

本作品は、時代背景として元号では大正時代、西暦では1910年に朝鮮併合を行ったあとの日本と朝鮮の歴史について世界史を俯瞰しつつ2人の女性の生涯を丁寧に描く。一人の女性は、朝鮮王朝に嫁いだ日本の皇族の方子。日朝融和の象徴としての政略結婚に五里霧中…

古屋星斗さんの「ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由」を読んで

昔から「今の若いものんは」と先輩達が嘆いていたが、今も昔も「今の若者」の対応と育成には苦慮する。社会背景や生活歴の違いも大きく関与するだろうが、2020年代の若者の特徴を、リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏が、統計資料等も含めて検…

保坂正康さんの「歴史の定説を破る-あの戦争は『勝ち』だった」を読んで

黒船来航で、江戸幕府が倒れて大政奉還し、明治政府が樹立されるも外国からの不平等条約で経済困窮に喘ぐ日本。戊辰戦争や西南戦争などの内戦を克服し、欧米列強並みに振る舞おうとして背伸びするが限度がある。歴史では、日清・日露の両戦役に勝利したとさ…

三浦ゆえさん企画・構成の「50歳からの性教育」を読んで

ライターの三浦ゆえ氏が企画・構成を立案し、村瀬幸浩さんをスーパーバイザーとして、著者5人の各テーマの執筆と村瀬幸浩さんと田嶋陽子さんの対談である。更年期の基礎知識と向き合い方。思い込みによるセックスの誤解解消の気づき。パートナーシップによる…

タブロイド判「日本共産党の百年」を読んで

日本共産党創立101年にあたって、2023年10月5日に成書発売の前段としてタブロイド判「日本共産党百年」を購読した。タブロイド判といえ、57ページの労作であり、結党時の時代背景や治安維持法下での困難な時代を経た戦前の壮絶な闘い。戦後の民主主義回復の…

岡野八代氏他「日本は本当に戦争に備えるのですか?-虚構の『有事』と真のリスク」を読んで

本書は、2023年1月19日に「いま、リアリズムとは何か-安保三文書を議論する」というタイトルで、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究会が主催するグローバル・ジャスティセミナー第67回として開催されたオンラインイベントを元に、編集された書籍…

医療生協さいたま看護部本編集委員会編著:続地域とともに産み・育み・看とる-コロナ禍でいのちと向き合うー」を読んで

私の所属する団体より献本頂き、早速拝読させて頂いた。最近、田中ひかるさんの「明治のナイチンゲール 大関和物語」を読んでいたこともあり、看護師の歴史を含めて、コロナ禍で奮闘した医療生協さいたまの看護職集団の事例を大切にする姿勢、さらに事例を丹…

坂本貴志さんの「ほんとうの老後『小さな仕事』が日本社会を救う」を読んで

数年前に老後資金は2,000万円などが話題になり、「老後資金がたりません」などの映画が作られ、定年後の老後を心配する声が絶えない。バブル崩壊以降の経済の停滞による可処分所得の経年的な減少、年金支給額の減額に物価高騰による生活費の高騰が追い打ちを…

植原亮太さんの「ルポ虐待サバイバー」を読んで

リハビリテーションの臨床に携わっていると障がいのみならず、個々の社会背景にぶつからざるを得ない。社会的弱者となる高齢者や小児を含む障がい児者の関わりは、障がい固有の問題だけでは解決しきれず、専門家の力も借りつつも、社会背景や生育歴、家族と…

倉沢愛子さん,松村高夫さんの「ワクチン開発と戦争犯罪 インドネシア破傷風事件の真相」を読んで

2021年夏、2週に渡ってNHKでインドネシアの破傷風ワクチン開発と現地ロームシャ(労務者)への人体実験や泰緬(たいめん/タイとベトナム)鉄道等への強制労働、そして戦地では帝国軍人がマラリアの特効薬キニーネを巡って、友軍衛生兵からキニーネを強奪…

小川たまかさんの「たまたま生まれてフィメール」を読んで

著者であり、ライターの小川たまかさんの書籍は、2018年出版の「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話しを。」、2022年出版の「告発と呼ばれるものの周辺で」、に続く3冊目の読書となった。 性暴力の取材に取り組むライター小川たまかさんの…

田中ひかるさんの「明治のナイチンゲール大関和(ちか)物語」を読んで

本書は明治期に看護婦の黎明期として活躍した大関和の伝記であり、日本の医療と看護を歴史的時代背景の中で広く捉え、看護婦養成制度の基礎などを学ぶ事ができる書籍である。明治に入って「金のために汚い仕事も厭(いと)わず、時には命まで差しだす賤業(…

三浦まりさんの「さらば、男性政治」を読んで

本書は、世界各国と比較して異常な「男性政治」の観点から、日本の政治構造に切り込み、なぜ性別均等な議会が実現しにくいのか、どのような道筋をつけるのかを論じた書籍である。また、国内外の比較、多様な文献や資料を縦横に駆使し、より客観的、科学的に…

坂本龍一の「音楽は自由にする」を読んで

1960年代生まれの我が青春のYMO。同級生達は、アイドルと横浜銀蝿全盛期を謳歌し、同級生の一部はオフコースの小田和正に陶酔し、一部の変人扱いされた少数派のYMOフリークが私だった。生まれた頃から労働歌とうたごえの中で育ったにもかかわらず、な…

堤美果さんの「デジタル・ファシズム 日本の資産と主権が消える」を読んで

新自由主義が蔓延(はびこ)る現代は、「今だけ、金だけ、自分だけ」に陥る。2022年11月出版の著書「世界で最初に飢えるのは日本」の著者の鈴木宣弘氏も「今だけ、金だけ、自分だけ」を指摘。そして、同じ食糧問題では2022年12月出版の著書「食が壊れる」で…

仁藤夢乃さん編集の「当たり前の日常を手に入れるためにー性搾取社会を生きる私たちの闘い」を読んで

保護者や親族による性被害、虐待、ネグレクト等で孤立した少女たちは家出をし、路上を彷徨って野宿し、生き抜くために性被害者とならざるを得ない現実を突きつける。彼女たちは孤立し、保護施設などの公的機関からの紋切り型の対応に辟易とし、公的保障も受…

大塚ひかりさんの「ジェンダーレスの日本史 古典で知る驚きの性」を読んで

ジェンダーギャップ指数後進国の日本。そして、家父長制、男尊女卑、セクハラなど枚挙にいとまがない男性優位社会が続く日本。2023年統一地方選挙で女性議員は多少増加したが、古代や中世では多くの女性が執政を司り、男女はほぼ同権であり、夫婦別姓は当た…

武田惇志さん、伊藤亜衣さんの「ある行旅死亡人の物語」を読んで

行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語である。この行旅死亡人として、2020年4月兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死。遺留品には、現金3,400万円…

岡田斗司夫さんの「誰も知らないジブリアニメの世界」を読んで

2013年の「風立ちぬ」を最後に、会見までして引退宣言をした巨匠が、引退を撤回し、新作長編映画に取り組んでいることが、2016年11月にNHKで放送されたドキュメンタリーで発表された。前作から10年の長期のブランクを経て「君たちはどう生きるのか」と名…

中島大輔さんの「山本由伸 常識を変える投球術」を読んで

2023年のWBCは日本中で大いに盛り上がり、大谷翔平らと同じ先発投手陣の一角を担った山本由伸。2021年、2022年シーズンでは、2年連続の投手四冠を達成、沢村賞と最優秀選手賞にも選ばれ、オリックスバファローズの日本一にも貢献した。2022年オフには推定…