浅学菲才の嘆息

朱野帰子さんの「わたし、定時で帰ります。ライジング」を読んで

 1作品目は、盲従させられる労働者をインパール作戦の兵士と対比します。第2作のハイパーでは、盲従する労働者を忠臣蔵大石内蔵助と対比し、また野球経験者の上意下達を「脳筋(脳みそまで筋肉)、トランス(異常興奮)、マウンティング(自分の優位性を固持))と揶揄し、発注企業の力関係や課題をあぶり出します。そして、第3作となる本作では労働組合のないIT企業で、業務効率を改善して生産力を高め、時間外労働をなくし、賃上げを勝ち取る。蔓延る生活労働という労働者のモラル低下と理不尽な社内政治にも立ち向かう。以前の作品同様に、日本最初のストライキとなる明治時代の「雨宮製糸女工たちの闘い」、大正時代の「八幡製鉄所労働争議」など、日本が勝ち取ってきた労働争議も教訓にします。この30年間の日本で、消費税は3度増税され、健康保険料や介護保険料は上昇し続け、労働者の可処分所得が上がるどころか減り続け、青年たちのシビアな金銭感覚、そして女性管理職登用などジェンダー平等の課題にも切り込みます。

 

朱野帰子:わたし、定時で帰ります。ライジング.新潮社,2021(4月20日

 

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庭田杏珠×渡邉英徳(「記憶の解凍」プロジェクト)の「AIとカラー化した写真でよみがえる 戦前・戦争」を読んで

 広島出身の庭田杏珠さん(東京大学学生)と渡邉英徳同大学教授の共著で、映画「この世界の片隅で」の片渕須直さんやアーサービナードさんらがプロジェクトに加わり、戦前・戦争と人びとの暮らしをAI(人口知能)でカラー化します。庭田さんは広島出身で、どのように戦争体験者の「思い・記憶」を未来へ伝えていくかを考える中で、カラー化の手法にであいます。また、渡邉さんは2016年からAI技術を応用して白黒写真をカラー化する活動を開始し、庭田さんと出会います。AIでカラー化した写真を当事者の記憶を解凍して色の補正を行い、よりリアルな色合いに仕上げていきます。大正末より、治安維持法言論統制が厳しかったとはいえ、穏やかな生活から徐々に軍靴の音が近寄り、軍民一体の戦争へ突入していった。途中で目をそむけたくなる場面にも遭遇するが、プロジェクトのみなさんの平和への思いが伝わります。高齢者と共有することで、回想法となり、新たな記憶が甦るかもしれません。

 

庭田杏珠×渡邉英徳(「記憶の解凍」プロジェクト):AIとカラー化した写真でよみがえる 戦前・戦争.光文社新書,2020(9月10日第6刷発行)

 

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岡野八代さん訳・著「ケアするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ」を読んで

 

 ケア労働者の視点から、ジェンダー平等を考え、ケアに満ちた社会を目指す政治理論入門書となっている。

 第3章に「フォルブルの寓話-競走とケア」では、

  A国は、走れるものは、全力で走れ

  B国は、性的分業

  C国は、共にケアする/ケアと共に

 A国は、極端な格差拡大となり、脱落者が続出し、競技に負けることを確信する。B国は女性蔑視が深刻化し、女性たちは男性たちの態度にあきれ、ストライキに入り、競技を続けられなくなる。C国は、みんながケアを負担することで得られる自由と平等は、構成員の間に連帯感も作り出した。

 こうして、競技の勝利は、C国にもたらされるたのだった。

 B国についての性差別は、「走る代償として女性を支配できる、といった動機が必要とされたのだった」。支配の理論こそ、世界で蔓延る女性蔑視、男尊女卑ではないか?ケアを通じて、全世界の人が、自由と平等を勝ち取るチャンスになるのではないか。

 

ジョン・C・トロント(著),岡野八代(訳・著):ケアするのは誰か?新しい民主主義のかたちへ.白澤社(発行),現代書館(発売),2021(2月15日第1版第3刷発行)

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詫摩佳代さんの「人類と病 国際政治から見る感染症と健康格差」を読んで

 2021年4月現在、新型コロナウイルス感染が確認され1年半が過ぎ、第4波のまっただ中。本書は、2015年に企画が始まり、著者のワークライフバランスもあり、新型コロナウイルス感染第1波の渦中に発売された。

 国際政治を専攻する筆者が、国際保険分野の専門家との交流を通じて、感染症の歴史を国際政治学の視点を加えて検証します。ペストと隔離、コレラと公衆衛生や赤十字社の設立を紐解きます。2度の世界大戦と感染症との関係では、マラリアスペイン風邪に対する国際政治の背景を解説。そして、第二次世界大戦後のWHOの設立、天然痘の根絶、ポリオ根絶への道、一方でマラリアとの苦悩などの経過を追います。近年の、エイズの撲滅、サーズの恐怖、エボラ出血熱の教訓、そして新型コロナウイルスと国際政治を概観します。一方で、感染症生活習慣病対策、自由と健康のせめぎ合いの中で、喫煙の問題にも踏み込みます。最後に、健康への権利をめぐる闘いとして、アクセスと注目の格差に焦点をあて、発展途上国を中心とした、未だに顧みられない熱帯病への研究、資金援助の問題提起をします。健康権、感染症、貧困と格差など、あらためて国際協調が重要であることを強調します。

 

詫摩佳代:人類と病 国際政治から見る感染症と健康格差.中公新書,2020(4月25日発行)

 

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山崎ナオコーラさんの「肉体のジェンダーを笑うな」を読んで

 ジェンダー平等に関して、純文学4作品で綴る本作品には不思議な魅力があります。第1作目の「父乳の夢」は、医療の進歩によって父の胸からも乳を出すことが可能になったらとした日常。母乳神話、出産後の母親の苦労や育児について、父親の育児参加について会話形式で自問自答します。第2作目の「笑顔と筋肉ロボット」では、女性が筋肉ロボットを装着して男性以上の力を持った生活描きます。第3作目は、PMS(月経前症候群)の月単位の感情や気分の波を、フラットな生活や感情の描写と対比し、最後は波乗りサーフィンという感情や気分の波の大切さについても理解を深めます。第4作は、単純な顔の美醜について、顔認証システムの中で、個性を大切にすることを訴えます。

 多様性を重視した本作品は、コロナ禍だからこそ心のオアシスとしてお薦めしたい。

 

山崎ナオコーラ:肉体のジェンダーを笑うな.集英社,2020(11月10日第1刷発行)

 

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笠原十九司さんの「増補 南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか」を読んで

 1937年12月13日の前後の起きた南京事件は、国際的に、国内でも、また防衛省のホームページにおいても、明白な事実としているにもかかわらず、否定派、もしくは歴史修正主義者によって、不毛で熾烈な論争が繰り広げられてきた。否定派の論拠、問題点とトリックを衝き、論争を生む日本人の歴史認識を鋭く問う。本書では、歴史的経緯を丹念にたどることで、累計20万人以上が虐殺されとされ、捕虜や住民などの非戦闘員等に対して、戦時国際法を無視し、虐殺、強奪、強姦、破壊等が常態化し、国際問題まで発展した史実を縦横に検証する。この、南京事件否定派、歴史修正主義者の陰に、安部元総理大臣なども名を連ねる日本国民会議を中心とする団体が政界に暗躍し、また戦時中に悪の限りを尽くした政治・軍部・特高警察等の子孫や血縁者が、先祖の悪事を正当化する背景を浮かび上がらせる。筆者は1984年に発足した南京事件調査研究会に参加し、南京事件論争から既に34年の長きに渡り、膨大な資料や証言を元に歴史検証を進め、繰り返し南京事件否定派の論拠のない放言を完膚なきまでに論破する。

 世界では、第2次世界大戦の枢軸国として日本と3国同盟を結んだドイツは、アウシュビッツ強制収容所など近隣諸国でジェノサイド(大量虐殺)を起こし、敗戦後は丁寧な歴史検証を重ね、被害国や被害者に真摯に向きあい、国家・国民としての内省を深め、近隣諸国と良好な関係を再構築し、EU経済の牽引役になっている。1985年に西ドイツのリヒャルト・フォン・バァイツゼッガー大統領は、連邦議会の記念式典において「過去は後になって書き換えたり、なかったことにすることなどできません。過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在に対しても盲目となります」という有名な演説を行い、過去の過ちを猛省したドイツ。内省と自省史観を否定し、近隣諸国との緊張を強め、国際協調路線を軽視し、経済的にも深刻な課題となっている、対照的な日本。

 2019年にNHKが放送した昭和天皇の初代宮内庁長官田島道治の「天皇陛下拝謁記」では、昭和天皇南京事件軍紀上大問題となっている事を悔やんだことが紹介される。また、2019年にNHKが放送した二・二六事件に関して、これまで陸軍側の記録しかないとされてきた記録に、新たに海軍側の第一級の史料が発見され、あらためて歴史の検証が続いている。しかし、南京事件に関していえば、2015年に国連教育科文化機関(ユネスコ)は、世界記憶遺産として中国が申請した南京大虐殺の記録が登録された事を発表し、国際的には完全に結論が出ている。

 

笠原十九司:増補 南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか.平凡社,2019年(3月22日初版第3冊)

 

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シオリーヌ(大貫詩織)さんの「CHOICE 自分で選びとるための『性』の知識」を読んで

 助産師の資格を持つ著者は、包括的性教育についてできるだけ平易な言葉や図・写真を用いて、中高生にも理解しやすく解説する。性の話しは恥ずかしい、いやらしいなど、性の話しをタブー視せず、もっと気軽にオープンにと解説を進める。性の仕組み、生理、妊娠、避妊、射精の仕組みを丁寧に解説し、性の同意の重要性やDVの具体例も解説する。パートナーと安心し会える関係性、自分らしく生きるためには、ジェンダー平等を求める社会参加の重要性にも踏み込む。この間出版されるジェンダー平等を訴える書籍同様、見た目(ルッキズム)の課題やAVを教科書代わりにする危険性も指摘し、人生を自分の意思で選びとろうと呼びかける。

 

シオリーヌ(大貫詩織):CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識.イースト・プレス,2020(12月8日初版第一冊発行)

 

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