浅学菲才の嘆息

坂本貴志さんの「ほんとうの老後『小さな仕事』が日本社会を救う」を読んで

 数年前に老後資金は2,000万円などが話題になり、「老後資金がたりません」などの映画が作られ、定年後の老後を心配する声が絶えない。バブル崩壊以降の経済の停滞による可処分所得の経年的な減少、年金支給額の減額に物価高騰による生活費の高騰が追い打ちをかけ、退職支給年齢に引き下げと定年延長による労働観の変化、少子高齢化による人生100年に向けた老後の在り方を考えざるを得ない。

 日本人のロールモデルとして、高度経済成長を経験した世代は50~60歳で定年退職し、後は年金で豊かな生活が送れると考えてきた。事実、物価高騰以上に日本経済の好循環は、生活水準を総じて引き上げた。本書は、第1部では各種調査報告を元に定年後の仕事にかかわる15項目の調査から、年金受給額や定年後の平均的な給与所得などの所得を元に、定年後の生活に必要な費用や経済観を詳らかにしていく。一方、第2部では、7人の事例を元に、定年後の人生観や生活観の変化を紹介し、労働人口の減少も視野にいれた社会貢献による「小さな仕事」が社会へのイノベーションになっている事例を紹介する。

 本書を一通り読んだサラリーマン世帯は、概ね納得できるのではないかと思われるのだが、自営業者や長らく非正規で働き続け、満足に国民年金を納めきれなかった経済的弱者や社会的に孤立した人々を捕捉しきれていないのではないか。事実、私が知る社会の一断面では、経済苦で満足に医療にアクセスできず、無料低額診療事業につながるケースも少なくない。また、孤独死や経済的手遅れ事例は毎年のように報告され、しかも氷山の一角とも言われている。少額の年金であるがために、働かざるを得ない高齢者が圧倒的に多いのではないかとも思われる。

 定年まで働き続け、一定額の退職金をもらい、住宅ローンや子供たちの学費も払いきり、厚生年金と定年後の労働で豊かな生活をエンジョイできる事が望ましい。しかし、高騰しすぎた住宅費用や学費により親世代の老後資金は風前の灯火となり、一方親に頼れない子ども世代は貸与型奨学金の返済をしながらでは、結婚も含めて、子育てに躊躇することも当然であろう。

 持続可能な日本社会を考えていく上で、参考になる1刷ではあるが、社会、経済的弱者も含めた、高齢になってなお無理して働かなくても良い社会の実現に向けた社会保障の充実は、現在自民党が進めている武器・弾薬を爆買いする安保3文書を閣議決定する大軍拡路線でないことだけは確かだろう。

 

坂本貴志:本当の定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う.講談社現代新書,2022(8月20日第1刷発行,2022年9月29日第5刷発行購読)

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

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映画「君たちはどう生きるか」を鑑賞して

 映画「君たちはどう生きるか」を鑑賞した。過去の宮崎駿のアニメや映画、スタジオジブリ作品の一コマ一コマが走馬灯の様に小気味よく流れると感じたのは私だけか。

 静と動、柔と剛、陰と陽、明と暗、に引き込まれ、展開が予想できずに引き込まれ、あっという間のエンディング。青年の自立と成長を通じて、友情や連帯と同時に仲間の大切さ、そして闘いのない平和な世の中を育む大切さを訴えていたように思う。あくまで私見ではあるが、ハイジのワンシーン、コナンとジムシーの名コンビシーンが脳裏に浮かんだ。

 宮崎駿さんが登場させる女性キャラとして、アルプスの少女ハイジの「クララ」、未来少年コナンの「ラナやモンスリー」、ルパン三世カリオストロの城の「クラリス」、風の谷のナウシカの「ナウシカクシャナ」、天空の城ラピュタの「シータ」、となりのトトロの「さつき」、紅の豚の「ヒヨ」、もののけ姫「カヤ」ハウルの動く城の「ソフィー」、風立ちぬの「菜穂子」など、宮崎駿がよく描く女性のキャラクターが大好きだ。

植原亮太さんの「ルポ虐待サバイバー」を読んで

 リハビリテーションの臨床に携わっていると障がいのみならず、個々の社会背景にぶつからざるを得ない。社会的弱者となる高齢者や小児を含む障がい児者の関わりは、障がい固有の問題だけでは解決しきれず、専門家の力も借りつつも、社会背景や生育歴、家族との関係など、否応なく考えさせられる。体調不良を起こす職員の対応についても従来は個人や職場の問題のみで捉えて解決を試みてきたが、近年は、職員とのたわいのない対話の中で、家族との関係や生育歴、経済状況、将来不安など、職場とプライベートの課題が相互に入り組んで、本人が苦しんでいること実感する。

 前振りは長くなったが、本書の著者は、精神保健福祉士公認心理師として、病院での心療内科領域の経験を活かし、教育委員会や福祉事務所での経験や教訓について、事例を元に丁寧に患者に向き合う。特に、若年生活保護者の課題や施設入居者等の18歳の制度上の壁を問題点としている点は、若い女性を性被害からなくそうとする仁藤夢乃さんの取り組みと重複するように思う。個々の症例の生い立ち、家族、とりわけ主たる養育者との関係で虐待サバイバー(暴力から生き抜いた人)となり、当事者の負のスパイラル思考を招き、自己責任に陥る様を丹念に検証する。養育者の虐待を契機に、心に深く刻まれた虐待の後遺症として、解離性障害パニック障害燃え尽き症候群などとして表れることを考証する。また適切な時期に適切な養育者との関係が問題となる愛着障害については、養育者からの「共感」で発達し、育まれていく重要性を強調する。そして、自身の生い立ちを振り返る中で、自己思考の変容と社会復帰、自立していく様は、非常に興味深い。行政機関や教員等の職員の対応とは一線を画しつつ、著者の関わりの反省も含めて、個々の事例に向き合う様は、やはり臨床家として真摯な姿勢に感銘を受ける。一方で、重要なことだが、著者が事例を通じて、たえず学ぶ姿勢をとり、相手に自身の意見を押しつけず、本人の気づきを大切にする姿勢は、ロールモデルとしたい。

 

本書は、第18回・開高健ノンフィクション賞の最終候補となった「児童虐待から助けられなかった大人たち」を、大幅に加筆・修正したものである。

 

植原亮太:ルポ虐待サバイバー.集英社新書,2022(11月22日第1刷発行購読

 

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倉沢愛子さん,松村高夫さんの「ワクチン開発と戦争犯罪 インドネシア破傷風事件の真相」を読んで

 2021年夏、2週に渡ってNHKでインドネシア破傷風ワクチン開発と現地ロームシャ(労務者)への人体実験や泰緬(たいめん/タイとベトナム)鉄道等への強制労働、そして戦地では帝国軍人がマラリアの特効薬キニーネを巡って、友軍衛生兵からキニーネを強奪するなどの蛮行を報道した。

 放送から1年半、731部隊の研究も取り組んでいる倉沢愛子さん、松村高雄さんが共著で、本書を出版した。戦時中の日本軍占領下のインドネシアで、かなり無謀なやり方で密かに進められていた破傷風ワクチン開発の治験に際してロームシャ(現地人「労務者」)と呼ばれた多くのインドネシア労働者が、何も知らされないままその治験の対象とされ、命を落とした。しかも日本軍はその治験を覆い隠し、どれどころかその責任をインドネシア医学界の重鎮に押しつけ、モホタルなどの研究者が日本軍に対する陰謀を企てたとして処刑した。そしてその事件は、戦後の戦争犯罪裁判でも明るみに出されないまま今日に至っている。本書は、本事件の歴史的経過を、オランダの歴史資料や証言、記録、そして米軍に残された資料、日本に残された記録や証言を丹念に検証して、本事件の深層に迫る。一方で、南方方面軍の防疫給水活動として731部隊と連携し、石井四郎らの念願であった感染後に接種する「受動ワクチン」から発病以前に接種する「能動ワクチン」開発への執念をうかがい知ることができる。また、これらの実験に関与し、また、満州にいた731部隊の医系技師・医師達の戦後の日本の医学、医療業界で暗躍し、ミドリ十字社による薬害エイズ問題やコロナ禍でのワクチン開発の遅れなどにも言及する渾身の1作である。

 731部隊を学ぶものとして、貴重な1刷であり、各々の医系技官の戦後の暗躍、帝銀事件との関連などを知る意味でも重要な学びとなった。ここに登場する人物に、1937年9月25日に福岡県大牟田市で起きた「(いわゆる)爆発赤痢事件」と赤痢予防錠を集団投与した謎を知る上でも貴重な資料となった。

 

倉沢愛子,松村邦夫:ワクチン開発と戦争犯罪 インドネシア破傷風事件の真相.岩波書店,2023(3月4日第1刷発行)

 

www.iwanami.co.jp

 

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小川たまかさんの「たまたま生まれてフィメール」を読んで

 著者であり、ライターの小川たまかさんの書籍は、2018年出版の「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話しを。」、2022年出版の「告発と呼ばれるものの周辺で」、に続く3冊目の読書となった。

 性暴力の取材に取り組むライター小川たまかさんのエッセーなのだが、女性蔑視に関する問題発言やSNSの検証などは、研究者のように理路整然としてる。自身の生い立ちや家族関係、夫婦や家族の価値観など赤裸々に綴られ、性別役割分業が蔓延(はびこ)る現代社会で料理が得意な主夫の存在を優しく綴る。日本社会の本音と建て前への疑問符。フェミニズムに対する政治やインターネット、特にインターネットでのフェミニスト・バッシングに辟易し、エモい(エモーショナル:心を震わせる)よりデモが必要ではないかと投げかける。最後にルッキズムに関する自身の経験を交えた複雑な心境を問いかける。私見だが、今までのやや尖った「たまか」さんからマイルドになった「たまか」さんに感じるのは私だけだろうか?

 

小川たまか:たまたま生まれてフィメール.平凡社,2023(5月10日初版第1冊発行購読)

 

www.heibonsha.co.jp

 

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水生大海さんの「最後のページをめくるまで」を読んで

 著者の水生大海(みずきひろみ)さんの作品との出会いは、「社労士のヒナコ」シリーズ3部作で、作品を読んだと言うより労働法制について学ばせて頂いたのが正解かもしれない。職場の同僚にも紹介し、読んでもらって感想を出し合った。そのご縁で、本作品を読んだ。短編5編のオムニバスだが、各短編では各登場人物像の絶妙な描写に加え人間の深層心理を吐露していく表現、引き込まれた刹那、大逆転の結末。推理小説にはありきたりと思われがちだが、水生作品ならではの文章にのめり込む。短編「使い勝手のいい女」では、現在の女性の置かれた立場をジェンダー平等の問題として作品にこめた著者の思いが伝わる。また、オレオレ詐欺の受け子が登場するなど、現代の社会の闇を絶妙な表現で練り上げる作品に時間を忘れて読みふけってしまう作品であった。久々に、読後感の充実感は半端ない。

 

水木大海:最後のページをめくるまで.双葉文庫,2022(6月19日第1刷発行,2023年1月31日第7刷発行購読,2019年7月単行本として発行)

 

www.futabasha.co.jp

 

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映画「雪道」を鑑賞して

 映画「雪道」を鑑賞した。

 私は、吉見義明氏らを含む多くの著書や資料を読んで「従軍慰安婦」は歴史の事実であり、なかったことにはできないという立場で映画を鑑賞した。

 今回は韓国映画として制作されているが、日本人慰安婦も含めて、アジア・太平洋地域、インドネシアに駐留していたオランダ人女性も含めて、多くの被害者や犠牲者がいた事実を知り、学ぶ事が重要だと考えている。

 私も1度見学に行ったことがあるが、「アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館(WAM)」に再び訪れ、学び直したいと思った。

 

wam-peace.org