浅学菲才の嘆息

映画「福田村事件」を鑑賞して

 2023年9月1日は関東大震災から100年。新聞やニュースで、様々な記事が紹介されているが、2023年9月4日にNHKで放映された映像の世紀バタフライエフェクト関東大震災ー復興から太平洋戦争への18年」では、関東大震災当時の時代背景、震災の悲惨さ、そして防災訓練が、いつしか戦争の準備のための防空訓練へと変質した経過を追う。震災後のラジオの発達とともに今も続くラヂオ体操が開始されたのは、奇しくも3.15事件で社会主義者共産主義者治安維持法違反で多くの犠牲者がでた年であった。

 今回は、関東大震災にかかわる映画「福田村事件」を鑑賞した。関東大震災当時の時代背景や生活様式、村内の人間関係など、丁寧に描かれている。森達也監督は「加害者の日常生活や喜怒哀楽をしっかり描く」としているが、まさにその生活の中で起きた関東大震災と大惨事。朝鮮人や中国人への差別、銃後の女性や家族の生活、家父長制や男尊女卑、性への寛容、そして女性新聞記者が投げかける報道の在り方。

 時代考証や生活背景を丁寧に描きつつ、後半で一気に大虐殺に転じる恐怖。人間の不寛容と群集心理の描写は、背筋が凍る思いがした。

 大震災下で軍部や自警団などによる虐殺は、朝鮮人6000人あまり、中国人600人あまり、日本人89名にのぼると言われる。日本人の虐殺は、本映画の福田村で9人(妊婦の子供を入れると10人)、亀戸事件で川合義虎ら10人の労働組合などの活動家が惨殺された。甘粕事件では、無政府主義者大杉栄や伊藤野依夫妻、そして甥の橘宗一(7歳)が、甘粕大尉により9月16日に殺害されている。亀戸事件で惨殺された9人の写真やスケッチは現存するが、中筋宇八の写真やスケッチは現存しないようだ。

 先週、望月衣塑子氏の講演を聴く機会に恵まれ、書籍や映画などの紹介を受けた。なるほど、森達也監督との付き合いもある様子で、映画に登場した女性記者と望月衣塑子氏と重なって見えていたのは、実は森監督自身が映画に望月衣塑子さんをモチーフにした女性記者を加えていたのだと、しごく納得した。

 

第1次共産党事件収監者の引き渡し未遂事件

 震災発生3日後の3日、抜剣した東京憲兵隊が護送車数台を用意して、「共産党事件の被告全員を即時引き渡せ」と要求した。後難を恐れた所長が開門を拒んだため、渡辺正之輔、市川正一、徳田球一など数十人の社会主義者が虐殺を免れている。ここで、日本共産党の創設時の幹部が虐殺されていたならば、その後の日本共産党社会主義運動の歴史が違ったかも知れない、。歴史のイフ(IF)を垣間見る事件でもある。

 

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水生大海さんの「マザー/コンプレックス」を読んで

 痴漢事件をめぐる、3人とその家族の人間模様。水生大海さんらしい次々に起きる展開に一気に引き込まれる。痴漢事件をめぐる被害者、加害者と母親の人間模様。犯罪かえん罪か。3人3様に母親の思いの強さや支配欲が詳らかになり、その子供たちや身籠もる家族の心情が徐々に明らかになる。隙を見せない小気味よい展開、いつしか背筋がゾーッとするホラーの世界に紛れ込み冷や汗する。母子関係を考えさせられる作品でありつつ、男尊女卑や家父長制に警鐘を鳴らす作品でもある。

 

水生大海:マザー/コンプレックス.小学館文庫,2023(6月11日初版第1冊発行)

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永尾広久さんの「八路軍(パーロ)とともに」を読んで

 近年、NHKスペシャルなどで、戦時中の日記、音声記録等のエゴドキュメントで戦時中を振り返る番組が放映される。昭和天皇をめぐっては、戦後の初代宮内庁長官田島道治の拝謁記、戦前、戦中の侍従長を務めた百武三郎日記、戦中の宮内省御用掛の松田道一の膨大なメモなど、次々と発見され、昭和天皇をめぐる歴史の事実に新たな発見が加わっている。

 本作品は、著者の叔父の久のエゴドキュメントであり、本人や家族の記憶を丹念に検証し、さらに時代背景や日中戦争の歴史、ロシアの対日参戦の背景など、歴史書籍としても大変勉強になる書籍である。主人公は、福岡県三又村(現大川市)の徴兵検査で、「身体上きわめて欠陥が多い」という、「丙種合格(甲乙丙丁)」にも拘わらず、敗戦1年前に徴収され、中国に送られる。満州終戦を迎え、生き残るため八路軍に加わり、中国内戦に巻き込まれて紡績工場の機械技術者となる。過酷な軍隊生活や兵隊同士の会話から、戦争の愚かさを投げかける。工場で知り合った日本人女性と結婚し、1953年に日本に帰国するまでの数奇な物語。時代背景を捉えつつ、主人公を浮かび上がらせる著者の知識と見識の深さには圧巻する。

 

永尾広久:八路軍とともに.花伝社,2023(7月25日初版第1版発行)

 

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タブロイド判「日本共産党の百年」を読んで

 日本共産党創立101年にあたって、2023年10月5日に成書発売の前段としてタブロイド判「日本共産党百年」を購読した。タブロイド判といえ、57ページの労作であり、結党時の時代背景や治安維持法下での困難な時代を経た戦前の壮絶な闘い。戦後の民主主義回復の中でもアメリカ帝国主義によるレッドパージや1950年代の組織問題を克服し、安保闘争や三池闘争などの教訓のもとに第8回党大会で1961年綱領改定の経過は読み応えがある。1961年綱領改定は中露などの干渉を許さず、自主独立論戦を確立し、その後の日本共産党の3回の躍進を後押しする。タブロイド判で、文字も大きくて読みやすく、書籍になる前に一度目を通すことをお薦めしたい。

 なお、日本共産党と国防の視点について以下に私なりの解釈を要約してみた。日本共産党は1922年の結党の22項目の要求にも、要求「九.現在の軍隊、警察、憲兵、秘密警察、等々の廃止。」「十.労働者の武装」などの自国の防衛政策を明記していた。しかし、明治憲法から日本国憲法憲法改正を行う際、憲法の第1章の天皇条項(国民主権)、そして「日本共産党憲法9条のもとでも、急迫不正の侵害から国をまもる権利をもつことを明確にするよう提起」したものの、吉田首相は9条のもとで自衛権ないとの立場をとり、日本共産党はこれを日本の主権と独立を危うくするものと批判して、当時いた5人の日本共産党国会議員は憲法草案の採択に反対した。後に、1994年の第20回党大会では、「憲法9条は、みずからのいっさいの軍備を禁止する事で、戦争の放棄という理念を、極限にまでおしすすめたという点で、平和理念の具体化として、国際的にも先駆的な意義を持っている」として、9条と自衛隊の矛盾をどう解決していくかの問題提起を行った。また、この未解決問題を2000年の第22回党大会では、憲法9条の完全実施にむかう道筋として、自衛隊の段階的解消を目指す党の立場を明確にし、「日米安保条約廃棄の前の段階」「日米安保条約が廃棄され日本が日米軍事同盟から抜け出した段階」「国民の合意で、自衛隊の段階的解消に取り組む段階」という三つの段階で、憲法違反の自衛隊の現実を改革していく立場をあらためた。また、自衛隊が一定期間存在する過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など必要にせまられた場合には、自衛隊を国民の安全のために活用することも明らかにした。今日、日本共産党を「お花畑」理論で押し殺そうとする多くの意見への反証がこの点に要約されていると私は考えている。

 

日本共産党中央委員会:タブロイド日本共産党の百年.日本共産党中央委員会,2023(7月発行)

 

日本共産党の歴史に関する私の理解】

 2022年7月15日に日本共産党は党創立100周年を迎えた。結党時は、大正デモクラシーを背景に水平社等が結成され、自由主義、社会科学、マルクス・レーニン主義なども議論された。結党前夜の1917年から全国的に散発的に起きた労働争議は、1918年に富山で起きた米騒動が新聞で大きく報道され、様々な形で全国的な労働争議等へ発展した社会運動が背景にあり、また結党翌年の1923年の関東大震災では、罪のない朝鮮人や中国人が虐殺され、亀戸事件では共産青年同盟の川合義虎は軍隊の手によって殺害され、甘粕事件では、甘粕正彦らにより無政府主義者伊藤野枝大杉栄なども憲兵に連行され殺害されるという痛ましい事件も起きた。その後、1925年に制定された治安維持法による弾圧、アジア・太平洋戦争の戦前・戦中の厳しい弾圧を受け、党幹部の市川正一や作家小林多喜二、伊藤千代子や飯島喜美、高島満兎など女性党員も犠牲となった。一方で、コミュンテルンとの関係での党存続に関する方針や理論の変遷などの混乱もあった。戦後の日本共産党の再出発と「所感派」と「国際派」の理論闘争は、派閥争いや権力闘争の様相を呈し、ソ連や中国の強力な介入による理論、方針、組織の不当介入もありつつも、ソ連や中国の不当介入を許さず、自主独立の日本における共産党路線を確立し、日本共産党の1950年代問題を解決する形で1961年綱領を持って、基本的考え方や方針を明確にした。1991年のソ連崩壊の際、日本共産党は「諸手をあげて歓迎」と表明し、ソ連崩壊後に明らかになった日本共産党幹部の野坂参三の除名などを行った。ソ連崩壊後の冷戦終了以後は、2大政党論に押し込まれつつ、盛衰を繰り返し、国会に一定の議席を保持し、地方議員3000名程度有する組織を維持している。

 国内外の情勢の変化や中国や北朝鮮など隣国との緊張が高まる中で、日本共産党は綱領等の見直しを行い、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻において、日本共産党の国防、防衛方針に対する一部国民の冷ややかな批判も受けつつ、自衛隊の活用論に対する批判も少なくない。2021年の衆議院選挙では市民連合野党共闘を前面に闘うも立憲民主党と共に議席数は後退し、2022年の創立100周年を迎える参議院選挙でも2議席減の後退となった。日本共産党の見解によれば、野党共闘の後退とロシアによるウクライナ侵攻という「二重の大逆流」との激烈なたたかいの中で、「政治対決の一断面を弁証法的に評価する」という視点で深く分析し、今後の党躍進の方針を検討するという。

 

岡野八代氏他「日本は本当に戦争に備えるのですか?-虚構の『有事』と真のリスク」を読んで

 本書は、2023年1月19日に「いま、リアリズムとは何か-安保三文書を議論する」というタイトルで、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究会が主催するグローバル・ジャスティセミナー第67回として開催されたオンラインイベントを元に、編集された書籍である。執筆者全員が触れるとおり、国民議論もないまま、国会議論も抜きにして、いわゆる安保三文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)が、2022年12月16日、閣議決定という形で公表されたことに端を発している。年末・年始という多忙な時期に、私たち市民にとっては突然発表されたこの決定に著者らが呼応してセミナーを開き、書籍にまとめた。ロシアのウクライナ侵略や台湾有事を煽り立て、日本の防衛力強化を訴えるが、内実は敵基地攻撃能力など、専守防衛から大転換の先制攻撃を可能にする極めて危険な内容であり、予算ありきの武器爆買い計画の内容不透明に国民は気づいていない。

 また、日本の経済状況は、個人の豊かさを示す1人当たりGDBで日本は2022年に台湾、2023年には韓国を下回る見込みにもかかわらず、国民の豊かさより軍事優先とし、社会保障は切り捨てる政策を次々と打ち出し、全く具体性のない「異次元少子化対策」を発表して、国民を愚弄している。

 5人の著者の危機感、「日本はこんな状態ですが、本気で戦争の準備を始めるのですか?」と投げかける。戦争は、いつもご高齢の政財界が結託して、壮年層が指示を出して命令し、生活困窮する青年が犠牲になり、最終的には非戦闘員である高齢者や女性、子供たちに甚大な被害が生じる。ドイツのワイゼッカーの名言を引用すると「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」という、歴史の教訓から学べないのだろうか。はたまた、歴史は繰り返されるのだろうか。悪しき歴史を繰り返さないために、我々は学び、知り、理解し、行動することが必要だ。民主主義や表現の自由がある今、行動し、声をあげ、SNSなども活用しよう。NO WAR!

 

岡野八代,志田陽子,布施祐仁,三牧聖子,望月衣塑子:日本は本当に戦争に備えるのですか?-虚構の「有事」と真のリスク.大月書店,2023(4月15日第1刷発行購読)

 

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映画「我が青春つきるとも-伊藤千代子の生涯-」を鑑賞して

 伊藤千代子は長野県に生まれるも、両親との死別など幼少期から不遇な体験をするも、親族達に育てられ、成績も優秀で進学を望む。しかし、経済的問題もあり、尋常小学校で教員をしながら学費を貯め、また親族の学費援助もあり、東京女子大へ進学し、社研の活動に没頭する中で、労働組合支援等を経験し、貧困と格差の根本を改善する社会変革の道を模索する。1928年「3・15」事件で検挙され、拷問・虐待に耐えながら、急性肺炎で24歳の生涯をとじました。

 検挙される前の手紙には、「青年男女にとって、真に真面目になって行きようとすればする程、この目の前にある不公平な社会をなんとかよりよいものとしようとする願いはやむにやまれぬものとなってきます。」としたためています。

 また、伊藤千代子の女学校の先生だった歌人土屋文明は、彼女の生涯によせて、「こころざしつつ たふれし少女よ 新しき光の中に おきて思はむ」とうたいました。

 

 上映中に挿入される「赤旗の歌」が、映画を一段落高い価値に引き上げている様に感じたのは私だけだろうか?

 

民衆の旗 赤旗は 戦士の かばねをつつむ

しかばね強く 冷えぬ間に 血潮は 旗を染めぬ

高く立て 赤旗を その影に 死を誓う

卑怯者 去らば去れ われらは 赤旗守る

 

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医療生協さいたま看護部本編集委員会編著:続地域とともに産み・育み・看とる-コロナ禍でいのちと向き合うー」を読んで

 私の所属する団体より献本頂き、早速拝読させて頂いた。最近、田中ひかるさんの「明治のナイチンゲール 大関和物語」を読んでいたこともあり、看護師の歴史を含めて、コロナ禍で奮闘した医療生協さいたまの看護職集団の事例を大切にする姿勢、さらに事例を丹念にまとめる労作に、まず敬意を表したい。

 医療生協さいたまは、全日本民主医療機関連合会に加盟している医療と介護事業を行う法人であり、看護理念は「地域と共に産み・育み・看とる」としている。地域の中で小児から高齢者まで、健康の回復・維持・増進を推進し、暮らしの視点で看ていく看護理念は現在の医療・介護にとって、重要な視点ではないかと思う。

 本書は、コロナ禍で奮闘した看護集団の事例の積み重ねであり、地域ニーズに応えるER(緊急救命室)、産婦人科、病児・障がいのある医療的ケア、尊厳を保つ支援、(高齢者の)生き方の選択を支える支援、コロナパンデミックの試練を乗りこえ未来に羽ばたく看護職集団の成長を記録する。生活と労働の視点や、SDH(健康の社会的決定要因)、HPH(ヘルスプロモーションホスピタル)の視点など、患者・利用者の病気や障がいのみにとらわれず、生活や社会背景をしっかり捉えた視点と実践に、東京に向かう機内で幾度落涙したことか。この実践を学びとし、日常臨床に活かしていきたい。

 

医療生協さいたま看護部本編纂委員会(編著):続地域とともに産み・育み・看とる-コロナ禍でいのちと向き合うー.本の泉社,2023(3月31日初版第1冊発行,献本購読)

 

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