浅学菲才の嘆息

藤田廣登さんの増補新版「時代の証言者 伊藤千代子」を読んで

 随分前に大正から昭和初期にかけて、若い女性達が命がけで自由と民主主義のために闘った話しを聞いたことがある。男性で言えば、治安維持法に反対し刺殺された山本宣治代議士や治安維持法違反で逮捕され、拷問死したプロレタリア作家の小林多喜二とういと重苦しいのだろうか。また、ナチスヒトラーに抵抗し、非暴力主義を掲げた若い青年達が「白バラ抵抗運動」を行い、逮捕・処刑されており、世界の若者が戦争と独裁に立ち向かった。本書の主人公である伊藤千代子は、歌人土屋文明の諏訪高女時代の教え子で、千代子の聡明さに将来を期待されていた。決して裕福でない生活の中で、学業を重ね、東京女子大学に入学する。そして、女工哀史などの貧困と格差を目の当たりにし、社会科学に触発され、「空想から科学へ」、「共産党宣言」、「資本論」などの社会科学の学習会を組織し、自己学習も通じて、資本主義による搾取の仕組みや帝国主義、戦争の矛盾、男尊女卑など、今で言うジェンダー平等にも目覚めていく。大学卒業を目前に結婚し、学業から社会変革に傾注し、1928年の三・一五大弾圧で検挙される。獄中での厳しい拷問にも耐え、狭い独房の中でも、獄中の仲間を励まし、学習を重ね、出獄後の社会変革を夢見る。しかし、特高警察の拷問と夫の思想変節という二重苦の中で、拘禁神経症を発症し、松沢病院に入院し急性肺炎でわずか24歳の生涯を閉じる。

 伊藤千代子の研究を続け、失われつつある歴史の資料や手紙をひもとき、伊藤千代子の生きた足跡を丹念に検証した著者の藤田廣登さんの熱量に圧倒される。また、千代子の最後の生活場所が、出張で定期的に伺うお茶の水駅近隣であったことも、彼女への親近感を感じる。社会の矛盾に気づき、学習を重ね、大衆を組織し、そして社会変革に立ち向かった。伊藤千代子の生涯は、2022年に本書を原作とした映画化が計画されており、書籍と映画の両面から戦前に活きいきと躍動した伊藤千代子に勇気をもらい、身の引き締まる思いがする。

 

藤田廣登:増補新版 時代の証言者 伊藤千代子.学習の友社,2020(9月1日第2刷)

 

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