浅学菲才の嘆息

牧野雅子さんの「痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学」を読んで

 オリンピック組織委員会を巡り、女性蔑視の発言が「これまで黙らされてきた側からのレジスタント」として社会問題化し、マグマのように吹き出している。「女性が入っている理事会は時間がかかる」「わきまえない」、首相の息子の接待問題では「飲み会は断らない」など、およそ国家の中枢を担っている要人の発言とは聞いて呆れる。日本のジェンダーギャップ指数は、144カ国中121位と年々さがり続けている査証であろう。

 本書の出版社となるエトセトラブックスは、編集者である松尾亜紀子さんが前職の河出書房新社で編集を手がけたジェンダーフェミニズムにまつわる本を多く手がけた経験を元に、2018年に独立して立ち上げたジェンダーの専門書店となる。

 なぜ性犯罪がカルチャーとなり、冤罪ばかりが語られるのか。男尊女卑、ミソジニー(女性蔑視)により歪んだ理解で、「痴漢」という性犯罪について、歴史的経過や社会学について、膨大な参考資料を元に検証する。「事件としての痴漢」の項では、警察の取り調べや司法調書の取り方などから、「痴漢」に関わる司法と警察の問題を検証する。「痴漢の社会史」では、明治末期より男性の女性による「電車内での悪戯をされるのは既に日常茶飯事であった」などの記録を掘り起こし、年代ごとに「痴漢」を煽るマスコミや芸能関係者の問題、そして痴漢「冤罪」の問題へとすり替える論調を鋭く指摘する。「痴漢冤罪と女性専用列車」の項では、「冤罪」ばかりが問題となり、性被害の本質をそらす論調に警鐘を鳴らす。

 満員電車では男女を問わず被害者となり得る事を踏まえ、周囲の同乗者が辛い思いをしていないか、性犯罪を許さず被害者を生まない我々への鋭い問題提起ではないか。

 

牧野雅子:痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学.エトセトラブックス,2019(11月5日初版発行)

 

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玉川寛治さんの「飯島喜美の不屈の青春」を読んで

玉川寛治さんの丹念な歴史検証と熱意に、敬意を込めて

 飯島喜美は、1912年に千葉県の貧しい家庭に産まれ、尋常小学校卒業後の12歳から女中奉公に出され、15歳頃より東京モスリン紡績株式会社亀戸工場女工となる。週休1日、12時間勤務の2交代制という劣悪な労働条件に加え、10名程度が同室に住み込みをさせられる女工の生活環境の中で、賃金・労働条件や生活環境改善ために、わずか16歳でストライキを組織した。厳しい労働や生活環境にあっても、寸暇を惜しんで社会科学の学習を続け、仲間と連携し、組織強化を進める。その後、1930年にモスクワに渡って全世界の労働組合が集まった会議で、日本の婦人労働者を代表する堂々たる演説を行い、学習を積み重ねて帰国する。帰国後は、神奈川や静岡を拠点に、労働運動や女性の処遇改善のオルグを続けるも、1933年5月に検挙、拘留され、同年12月に起訴、栃木刑務所に収監される。飯島喜美に関する検挙から収監されるまでの実態は明かではない。しかし、同悪法で起訴、拘留された当時被害にあった証言録からは、虐待や凌辱を受けたことは間違いないだろう。起訴、収監されて2年半の間、独房生活と社会との隔離の中で、ちり紙や石けんなどの生活必需品にも苦心し、発病後もまともな手当を受けることなく衰弱が進み、1935年12月に結核等の悪化により病獄死した。残された父との手紙による交流や友人にあてた手紙から、飯島喜美の温和ながら凜とした姿勢が偲ばれる。その他、残したい遺品のコンパクトには「闘争、死」という言葉が刻まれており、死ぬまで闘い抜く事を後世に託したとも言える。

 先人の厳しい闘いの上に、日本国憲法国民主権、平和主義、基本的人権が確立された。一方で、厳しく取り締まり、虐殺や凌辱を行った側の官権は戦後も代議士や公的機関の要職を務め、軍部・軍属や731部隊に加担した医師・技師と同様であり、戦後日本の組織の闇もまたおさえておく事が重要であろう。

 

玉川寛治:飯島喜美の不屈の青春 女工哀史を超えた紡績女工.学習の友社,2019(6月15日)

 

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清田隆之さんの「さよなら、俺たち」を読んで

 近年、フェミニズム、#MeToo、#KuKuu、など、ジェンダー平等が大波となって社会現象になっているが、男性からの発信はあまり多くない。著者は、自身の成長過程での違和感をふり返り、桃山商事の活動を通じて女性たちとの対話、ニュースやカルチャー、多くの文献を通して、男性の視点でジェンダー平等を考える。「男だから」といって与えられた特権や優越感を内省し、自身のこれまでの言動や行動、心の揺らぎを赤裸々に語り、ジェンダー平等を多面的に捉える。性的同意や生理にかかわる男性の知識不足と無理解、そして自民党改憲草案からジェンダー平等がいかに脅かされているか、など幅広く考える。最後に「高度に発展した資本主義社会と人間の関わりを学びたい」として、これからの自身の生き方、パートナーや双子の子供たちとの関わりを展望する。

 

清田隆之:さよなら、俺たち.スタンド・ブックス,2020(12月27日第3刷発行)

 

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太田啓子さんの「これからの男の子たちへ 『男らしさ』から自由になるためのレッスン」を読んで

  子供の頃から「男らしさ」が求められ、男性の優越感、特権的待遇にあぐらをかいてこなかったか。逆に、「男らしさ」の呪縛に押し潰され、部活や職場で苦しい思いをしてこなかったか。本書は、世界の中でジェンダーギャップ指数が極めて低い日本の現状を踏まえ、自身が2人の男の子の子育てを通じ、これから男性としてどのように生き、考えいくのが望ましいか具体例を上げて、問題提起します。また、相手・パートナーの立場にたって、恋愛や結婚、セクハラや性暴力について、深く考えていきます。特に、性の同意、避妊など、遅れた日本の性教育に警鐘をならします。章ごとに、小島慶子さんらとの対談を交えて、課題の整理と具体的解決策を考えていきます。私たち世代が次世代に残すべきこと、特に男の子を育てる者としては、「差別的男性にさせないこと」、「性差別や性暴力に怒り、共にたたかってくれる男性を増やすこと」と提起します。

 

これからの子供たちへ「男らしさ」から自由になるなるためのレッスン:太田啓子.大月書店,2020(8月21日)

 

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佐々木憲昭さんの「日本の支配者」を読んで

 闇の支配者、陰の支配者はいるのか。総理大臣や閣僚は、本当に自分の政治信念で発言しているのか。近年の総理大臣や閣僚は、官僚のシナリオを読むだけで、自らの語彙表現で国民に対話をしない。マスコミも歯切れが悪い。誰に気を遣い、忖度しているのか。

 本著は、元国会議員の佐々木憲昭さんが、長年にわたり収集した膨大な資料や参考資料、統計データを丹念に整理し、日本を支配する陰の支配者を暴き出す。封建制の江戸時代から、明治維新に伴う天皇主権と財閥支配により、搾取や人権侵害の限りを尽くし、大正デモクラシー治安維持法で鎮圧し、アジア・太平洋戦争へと突き進み、日本国民のみならずアジア全域に甚大な被害をもたらした。敗戦による財閥解体後も、巧妙に日本の独占資本は支配を強め、近年では多国籍企業によるグローバル化による財閥支配に移りつつあることも検証する。また、1945年の敗戦後は社会主義国の台頭や東西冷戦に翻弄されながら、米国帝国主義に隷従し、支配される日本の財閥と保守政治家の相関をあぶり出す。

 誰のために何のために。株式を主体とした資本主義は、大株主のために、利益のために一握りの支配者・ブルジョワジーが私腹を肥やす。この対極に、はたらく人々・プロレタリアのために、非営利共同、無差別平等を掲げ、地域の人々の健康と生活を守り、貧困と格差に立ち向かう組織とは。我々がどう進むべきか、道標を示している書籍ではないか?

 

佐々木憲昭:日本の支配者.新日本出版社,2020(4月5日第4刷)

 

www.shinnihon-net.co.jp

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藤田廣登さんの増補新版「時代の証言者 伊藤千代子」を読んで

 随分前に大正から昭和初期にかけて、若い女性達が命がけで自由と民主主義のために闘った話しを聞いたことがある。男性で言えば、治安維持法に反対し刺殺された山本宣治代議士や治安維持法違反で逮捕され、拷問死したプロレタリア作家の小林多喜二とういと重苦しいのだろうか。また、ナチスヒトラーに抵抗し、非暴力主義を掲げた若い青年達が「白バラ抵抗運動」を行い、逮捕・処刑されており、世界の若者が戦争と独裁に立ち向かった。本書の主人公である伊藤千代子は、歌人土屋文明の諏訪高女時代の教え子で、千代子の聡明さに将来を期待されていた。決して裕福でない生活の中で、学業を重ね、東京女子大学に入学する。そして、女工哀史などの貧困と格差を目の当たりにし、社会科学に触発され、「空想から科学へ」、「共産党宣言」、「資本論」などの社会科学の学習会を組織し、自己学習も通じて、資本主義による搾取の仕組みや帝国主義、戦争の矛盾、男尊女卑など、今で言うジェンダー平等にも目覚めていく。大学卒業を目前に結婚し、学業から社会変革に傾注し、1928年の三・一五大弾圧で検挙される。獄中での厳しい拷問にも耐え、狭い独房の中でも、獄中の仲間を励まし、学習を重ね、出獄後の社会変革を夢見る。しかし、特高警察の拷問と夫の思想変節という二重苦の中で、拘禁神経症を発症し、松沢病院に入院し急性肺炎でわずか24歳の生涯を閉じる。

 伊藤千代子の研究を続け、失われつつある歴史の資料や手紙をひもとき、伊藤千代子の生きた足跡を丹念に検証した著者の藤田廣登さんの熱量に圧倒される。また、千代子の最後の生活場所が、出張で定期的に伺うお茶の水駅近隣であったことも、彼女への親近感を感じる。社会の矛盾に気づき、学習を重ね、大衆を組織し、そして社会変革に立ち向かった。伊藤千代子の生涯は、2022年に本書を原作とした映画化が計画されており、書籍と映画の両面から戦前に活きいきと躍動した伊藤千代子に勇気をもらい、身の引き締まる思いがする。

 

藤田廣登:増補新版 時代の証言者 伊藤千代子.学習の友社,2020(9月1日第2刷)

 

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中島大輔さんの「プロ野球 FA宣言の闇」を読んで

 著者の中島大輔氏の前著「野球消滅(新潮新書)」で指摘している通り、野球は競技人口の減少に歯止めがかからない。その要因は一概には言えないが、「野球はお金がかかる」、「お茶当番など親の負担が大変」などの問題が指摘されている。一方で、指導者側の問題として、①選手への過負荷による故障や怪我、②ドカ食いの強要、③怒号罵声、④エゴイズムによる勝利至上主義など、旧態依然とした体質は、旧大日本帝国軍人の精神論が引き継がれているようにも感じられる。一方で、サッカーの競技人口は安定し、人気を博している点など、今後の野球を含めたスポーツはどうあるべきか。

 本著は、プロ野球のFA宣言について、歴史的経過など議事録による記録がないなかで、当時の関係者や当事者から丹念なヒアリングを行い、歴史的経過を追って検証する。そして、日本国憲法第22条第1項で保障されている「職業選択の自由」が極めて限定されている現在のプロ野球選手の「職業選択の自由=球団選択の自由」について、FA宣言の課題や問題点、アメリカのFA制度との対比も含めて、広く論じている。プロ野球を含めた野球全体の課題を検証し、誰もが楽しめる野球の将来展望を考える。

 

選手は人間であり、商品ではない。だからこそ、労組選手会および全選手がみずから考え、発言し、スト実施の資金を蓄え、FA制度改革のために行動すべきなのだ。自分たちの権利を守り、付加価値を高め、多くの選手が活躍できる野球環境を追求するために。

セ・パ両リーグは着実なグランドデザインを描き、NPB全体としての収益増をめざすべきだろう。MLBの平均年俸はなぜ日本の10倍にまで急騰し、リーグはそれを支える活況を呈することができたか。プロ野球が今後ブレークスルーするヒントは、そこに隠されているかもしれない。

 

選手の流動化は球団にとってマイナスではない。

抜本的な「FA改革」が生み出すその潮流こそ、プロ野球界にプラスの循環をもたらす最大の鍵なのだ

 

第1章 「フリーエージェント制度」導入の舞台裏第2章 ”プロ野球村”の掟とパ・リーグの遠謀

第3章 選手会主導で「現役ドラフト」を制度化すべし

第4章 ”踏み絵”を踏んで変わった男の人生

第5章 いま進むべきFA制度改革への道ー団野村の証言

  

中島大輔:プロ野球 FA宣言の闇.亜紀書房,2020(10月2日第1版第1刷発行)

 

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