浅学菲才の嘆息

武田惇志さん、伊藤亜衣さんの「ある行旅死亡人の物語」を読んで

 行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語である。この行旅死亡人として、2020年4月兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死。遺留品には、現金3,400万円、星形マークのペンダント、数十枚の写真、珍しい姓を刻んだ印鑑、ぬいぐるみなど。この女性は誰なのか、行政で調査しても判明しない。著者である記者が官報で知り、同僚の記者と共に業務外の時間を使い、死亡した女性を追いかける。珍しい姓を刻んだ印鑑を元に、協力してくれる人々にも恵まれ、いくつもの家系図を突合する中で、若かりし頃の女性を知る知人、親族に巡る会い、写真の確認にも成功する。女性は若い頃に広島県呉市から関西に移り住み、仕事中に右手を切断する事故に遭うも労災を固辞し、歯科治療は実費診療に通院し、家賃も遅滞なく納め、長期間身を潜めるようにアパートに住み続けた謎は残る。

 記者魂と幸運な人脈に恵まれ、詳らかとなって行く一人の女性の人生とは。一人の人間が確かにこの世界で生きていたのだという実感と、その人生への敬意がこみ上げてくる。かけがえのない人生を掘り起こした渾身のノンフィクション。読み始めたら止まらない、良書に巡り会った喜びは計り知れない。

 

武田惇志,伊藤亜衣:ある行旅死亡人の物語.毎日新聞出版,2022(11月30日出版購読)

 

mainichibooks.com

 

honto.jp