浅学菲才の嘆息

林博史さんの「帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設」を読んで

 2022年9月29日、従軍慰安婦をテーマにした映画「主戦場」について、3年にわたる裁判は、同意なくインタビュー映像を使われたなどとして、米国人弁護士ケント・ギルバート氏ら5人が、ミキ・デザキ監督や配給会社「東風(東京)」に上映中止と損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、知財高裁は上映を適法として請求を退けた一審判決を支持し、ギルバート氏らの控訴を棄却した。映画「主戦場」は、日本の従軍慰安婦問題を扱っており、現在の慰安婦問題に関連する人物のインタビューを軸に、アーカイブやニュース映像を織り交ぜた作品になっている。キャッチコピーは「ようこそ『慰安婦問題』論争の渦中(バトルグラウンド)へ」、「ひっくり返るのは歴史か それともあなたの常識か」として、日本人の多くが「もう蒸し返して欲しくない」と感じている慰安婦問題の渦中に自ら飛び込んでいった。「慰安婦たちは『性奴隷』だったのか?」「『強制連行』は本当にあったのか?」「なぜ慰安婦たちの証言はブレるのか?」「そして、日本政府の謝罪と法的責任とは?」を投げかける。この証言者の中で従軍慰安婦問題の第一人者である吉見義明氏と同時に本書の林博史氏が出演する。もちろん歴史修正主義者であろう、櫻井よしこ氏、杉田美脈衆議院議員なども登場する。先日読んだ、山﨑雅弘さんの「歴史戦と思想戦―歴史問題の読み解き方」の中でも、ケント・ギルバート氏の歴修正主義を検証しているので、時間が許せば確認して頂きたい。

 

 前振りが長くなったが、著者の林博史氏は歴史学者として多くの業績や著書を発行し、日本軍慰安婦問題にも向き合ってきた。今回は、6年間に渡る資料精査、調査等を続けながら本書は完成した。驚くのは膨大な参考文献であり、歴史とは事実の積み重ねであり、歴史の断面を切り取って検証しようとする歴修正主義者へのアンチテーゼでもあるといえる。

 19世紀の英・印の帝国主義的軍隊と性暴力・性奴隷を経済的貧困や人種などの視点で、近代の国家売春規制制度は19世紀と共にはじまり、国民国家の形成の過程で軍隊の性病問題が注目され、医学界が性病の検診と治療を行い、売春規制制度の導入につながった事を丹念に検証する。また性病による兵力損失を防ごうとする軍隊の効率性維持のために売春規制制度を導入し、同時に兵士を供給する国民にも性病の管理対象を広げていった。ヨーロッパ諸国で始まった売春規制制度は帝国主義の世界進出のなかで植民地化あるいは勢力圏化していったアフリカ、アジアなどの諸地域に導入されていった。もちろん売春規制制度の導入は、現地民衆の健康ではなく、帝国主義国の軍隊の効率性である。家父長制、女性蔑視、性奴隷などに対して英国のジョセフィン・バトラーらによる女性運動は、売春廃止や女性の人権を前面に打ち出し、徐々に世界に広がり、人権、人種を乗りこえる女性の連帯の思想が特徴であり、現在のジェンダー平等の源流とも言えるのであろう。

 第1次世界大戦、第2次世界大戦、1945年以降の世界の戦時性暴力や性奴隷を多面的に検証し、兵士として求められる「強さ、強引さ、特に暴力を肯定するマッチョな男らしさ」の一方で「規律、自制・禁欲、自己管理ができる理性的な男らしさの文化」も垣間見えることも検証する。

 1960年代のベトナム戦争時の米軍、1990年代の旧ユーゴスラビアルワンダなどでの武力紛争における組織的な性暴力をはじめ、武力紛争化の性暴力は繰り返されており、現代のウクライナ戦争においても「民間人への爆撃や多数の殺害、拷問、性暴力など」国連が認定しているとおり、現代の課題でもある。歴史の事実の積み重ねを今後も大事にして行く必要性を強く感じた1冊となった。

 

林博史:帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設.吉川弘文館,2021(12月20日第1刷発行購読)

 

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