浅学菲才の嘆息

笠原十九司さんの「増補 南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか」を読んで

 1937年12月13日の前後の起きた南京事件は、国際的に、国内でも、また防衛省のホームページにおいても、明白な事実としているにもかかわらず、否定派、もしくは歴史修正主義者によって、不毛で熾烈な論争が繰り広げられてきた。否定派の論拠、問題点とトリックを衝き、論争を生む日本人の歴史認識を鋭く問う。本書では、歴史的経緯を丹念にたどることで、累計20万人以上が虐殺されとされ、捕虜や住民などの非戦闘員等に対して、戦時国際法を無視し、虐殺、強奪、強姦、破壊等が常態化し、国際問題まで発展した史実を縦横に検証する。この、南京事件否定派、歴史修正主義者の陰に、安部元総理大臣なども名を連ねる日本国民会議を中心とする団体が政界に暗躍し、また戦時中に悪の限りを尽くした政治・軍部・特高警察等の子孫や血縁者が、先祖の悪事を正当化する背景を浮かび上がらせる。筆者は1984年に発足した南京事件調査研究会に参加し、南京事件論争から既に34年の長きに渡り、膨大な資料や証言を元に歴史検証を進め、繰り返し南京事件否定派の論拠のない放言を完膚なきまでに論破する。

 世界では、第2次世界大戦の枢軸国として日本と3国同盟を結んだドイツは、アウシュビッツ強制収容所など近隣諸国でジェノサイド(大量虐殺)を起こし、敗戦後は丁寧な歴史検証を重ね、被害国や被害者に真摯に向きあい、国家・国民としての内省を深め、近隣諸国と良好な関係を再構築し、EU経済の牽引役になっている。1985年に西ドイツのリヒャルト・フォン・バァイツゼッガー大統領は、連邦議会の記念式典において「過去は後になって書き換えたり、なかったことにすることなどできません。過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在に対しても盲目となります」という有名な演説を行い、過去の過ちを猛省したドイツ。内省と自省史観を否定し、近隣諸国との緊張を強め、国際協調路線を軽視し、経済的にも深刻な課題となっている、対照的な日本。

 2019年にNHKが放送した昭和天皇の初代宮内庁長官田島道治の「天皇陛下拝謁記」では、昭和天皇南京事件軍紀上大問題となっている事を悔やんだことが紹介される。また、2019年にNHKが放送した二・二六事件に関して、これまで陸軍側の記録しかないとされてきた記録に、新たに海軍側の第一級の史料が発見され、あらためて歴史の検証が続いている。しかし、南京事件に関していえば、2015年に国連教育科文化機関(ユネスコ)は、世界記憶遺産として中国が申請した南京大虐殺の記録が登録された事を発表し、国際的には完全に結論が出ている。

 

笠原十九司:増補 南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか.平凡社,2019年(3月22日初版第3冊)

 

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